かつて、星組発足のきっかけともなったワークショップに大きく貢献されたゴスペルミュージシャンRさんの、娘さんとお腹の中の赤ちゃんがほぼ同時に天国へ召されるというなんともいたたまれない知らせが先日入りました。
娘さんと赤ちゃんがどうか、天国で安らかでありますように。
また、遺されたRさんやご家族の皆さんに神様からの大きな愛と癒しが訪れますよう、この場をお借りして、微力ながらお祈り申し上げます。
悲劇はいつどんな時に私たちの身に訪れるやも知れません。
あの、3.11の震災でも、思いもよらない悲しい別れが数え切れないほどありました。
これは見解の別れる所なのかもしれませんが、私は、人の世のつらく悲しい出来事が神様の仕業だとは到底思えません。
むしろ、神様はひとり一人の苦しみ悲しみを誰よりも理解し、寄り添い、そして励まし、希望を与え、新たな歩みに踏み出させてくださる方だと信じています。
私自身の経験を思い起こす程、そう信じられるのです。
震災から1年の節目を迎えた今年の3月11日、読売新聞の一面には、仙台市若林区荒浜の慰霊の塔の写真と共に、こんな言葉がつづられていました。
「時は流れない。雪のように降り積もる。人は優しくなったか。賢くなったか。」
この場所は折りしも、私どもが3月3日のイベントを終えた翌日、地元仙台に住む友人に連れられて訪れた場所でした。
あの津波から1年近くが経とうとしている場所とは到底思えない光景がそこにはありました。
なぎ倒された道路標識、崩れ落ちた公共施設の壁、歪んだままのフェンス。
時が流れていない、たしかに私もそんな風に思ったのでした。
慰霊の塔の脇の道を進むと階段があり、それを上ると広い海が見渡せます。
このブログの冒頭に掲載した写真がその様子です。
この震災で傷つき苦しんでいらっしゃる方々のために、私ができたことなど本当に僅かで、私に震災について何かを語る資格があるとは到底思えませんが、それでも、やはり、どうか何かを恨んで過ごすことがありませんようにと切に願ってしまいます。
恨んでしまうとして、その相手が神様なのか自然界なのか、巡り合わせなのか、様々あるのかもしれませんが、恨みに思っている間は、なかなか希望がやって来ないし、前を向けないように思うのです。
これも、私の経験から得たことではありますが・・、誰かや何かを許すことでやってくる安らぎというものが確かにあるように思うのです。
沿岸部を通った後、青葉城跡に案内してもらいました。
そこでは、地元の若者たちが「奥州仙台おもてなし集団 伊達武将隊」を結成し、観光地を盛り上げようと尽力していました。
若者たちの強さと明るさに接し、希望の光が仙台を照らすのを垣間見たような思いで帰路についたのでした。
<星組事務局 ひろみ>
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